目次
はじめに
グローバル化が急速に進む現代、企業のM&A(合併・買収)や事業再編の数は年々増加しています。なかでも、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する企業にとって、ITシステムやインフラ、セキュリティ、データ資産のクオリティは、企業価値を大きく左右する重要なファクターです。しかし、財務や法務デューデリジェンスだけで安心してしまうと、買収後に想定外のトラブル──システムダウン、移行失敗、大規模改修コスト、データ漏えいなど──を招き、せっかくのシナジー創出が頓挫してしまうリスクがあります。
そこで注目されているのが、“第三の視点”とも呼ばれるITデューデリジェンスです。これは「技術的観点からの健全性評価」と「統合後の実行計画策定」を同時に担い、M&A成功の鍵を握るプロセス。“見えないリスク”を事前に可視化し、買収判断と統合ロードマップの両方に活かせる点で、近年グローバル企業の間で導入が急拡大しています。
本記事では、ITデューデリジェンスの概要から実践ステップ、海外企業との統合リスク、さらには自社サイト・運用に活かせるヒントまでを「何を」「どのように」「どの順番で」取り組むべきかが明確になるロードマップをお届けします。
1. ITデューデリジェンスとは?
1. 定義と成立背景
ITデューデリジェンスは、M&Aや事業再編の際に、対象企業のITアセット(ハードウェア、ソフトウェア、ネットワーク、クラウド環境、データベースなど)および運用・開発体制、セキュリティ対策を調査・評価し、リスクと価値を可視化するプロセスです。伝統的な財務・法務デューデリジェンスが「過去の実績」や「契約関係」を主に扱うのに対し、ITデューデリジェンスは“技術的負債”や“将来の統合コスト”を洗い出します。
2000年代後半以降、クラウドサービスやオープンソースの普及により、企業ITの複雑化と外部依存度が高まってきました。これに伴い、「見えないシステムリスク」がM&A失敗の要因となるケースが顕在化。たとえば、ある欧米企業が国内企業を買収した際、サポート切れの基幹システムが多数見つかり、予定外のライセンス更新費用が数十億円規模に膨れ上がった事例もあります。こうした背景から、財務・法務に加え技術面を専門的に精査するITデューデリジェンスが不可欠となったのです。

- “What is IT Due Diligence?” NinjaOne
- 実例:欧米企業の買収コスト増事例(社内報告書)

2. 財務・法務デューデリジェンスとの明確な違い
領域 | 財務デューデリジェンス | 法務デューデリジェンス | ITデューデリジェンス |
調査対象 | 損益計算書、キャッシュフロー、資産評価 | 契約書、許認可、知的財産権、訴訟リスク | システム構成、インフラ、セキュリティ、技術負債、運用プロセス |
主なアウトプット | バリュエーション根拠、資金調達計画 | 契約移行プラン、法的整理シナリオ | 統合ロードマップ、TCO試算、リスクマトリクス |
タイミング | 購入前評価、価格交渉材料 | 購入前契約交渉、クロージング前確認 | 購入前判断材料・購入後統合計画策定 |
ITデューデリジェンスは「将来の運用コストや移行リスク」をあぶり出す役割を担い、統合戦略の要となります 。


- “Role of IT Due Diligence in M&A” Moss Adams

3. ITデューデリジェンスの3本柱
- IT資産・システムの現状把握
- ハードウェアの耐用年数、ソフトウェアライセンスの適正度、クラウド契約の内容
- ITリスクの可視化
- セキュリティの脆弱性、バックアップ・DR(Disaster Recovery)体制の欠如、技術的負債の蓄積
- 統合実現可能性の評価
- 自社環境との技術的ギャップ分析とTCO(Total Cost of Ownership)試算
成果物例:
- 詳細システム構成図の最新版
- リスク評価マトリクス(影響度×発生確率)
- 統合ロードマップとコスト見積書
- “IT Due Diligence audit scope” DealRoom
2. 実施ステップ
ITデューデリジェンスは4つのフェーズに分かれます。各ステップで具体的な成果物と評価基準を示すことで、PDCAサイクルとして運用可能です。

1. 初期調査フェーズ
目的:調査範囲と体制を定義し、必要情報を確保
- キックオフワークショップ:ステークホルダー(CIO、IT部門長、業務部門責任者など)を集め、調査範囲と目標を合意
- ドキュメント要求リスト作成:
- システム構成図、ネットワーク図、運用手順書
- インシデント/障害ログ、過去の監査報告書
- 契約書(ライセンス、クラウド、アウトソーシング)
成果物:調査ガントチャート、情報ギャップ分析レポート
- “Technical Due Diligence process” Liberty Advisor Group
2. 現状把握フェーズ
目的:IT資産と運用体制の詳細を可視化
資産棚卸し
- フィジカル資産(サーバー、ネットワーク機器)
- 仮想/クラウド資産(AWS、Azure、GCPの構成)
- ライセンス状況(使用中ライセンス、サポート切れライセンス)
セキュリティ評価
- 脆弱性スキャン:主要サーバー・ネットワーク機器へのペネトレーションテスト
- 構成管理レビュー:アクセス権限、ログ取得状況、バックアップ体制
成果物:資産リスト、脆弱性レポート、セキュリティギャップ分析
3. 統合分析フェーズ
目的:自社システムとの統合可否とコストを試算
ギャップ分析:
- 技術スタック(言語、フレームワーク、ミドルウェア)の不一致
- データモデル(スキーマ、フォーマット)の整合性
- API/インターフェースの互換性
コスト試算:
- 移行工数(エンジニア時間単価×必要人数×期間)
- 外部ベンダー費用(SIerコンサル費、クラウド移行サービス費用)
- ライセンス再調達や追加購入費用
成果物:ギャップレポート、TCO試算シート、統合スケジュール
4. レポーティング&意思決定支援
目的:経営層を含むステークホルダーへの報告と次ステップ合意
統合ロードマップ:
- フェーズ1(準備)、フェーズ2(移行)、フェーズ3(最適化)を工程表化
エグゼクティブサマリ:
- 最上位リスクと緩和策、予算・ROI予測を数枚のスライドで要約
ワークショップ:
- 経営層含むフォローアップセッションでQ&Aおよび意思決定支援
- “Technical Due Diligence process” Liberty Advisor Group
3. 海外企業との統合で増幅するリスク
海外企業との統合では、地理的・文化的・規制上のギャップがITリスクを増幅させます。主要リスクとその影響度を整理します。
インフラ/プラットフォーム非互換
- 異なるクラウドプロバイダー(例:AWS⇔Azure、オンプレミス⇔クラウド)の並存により、マルチクラウド移行コストが30~50%増するケース 。
データ保護・コンプライアンス違反
- GDPR(EU)、CCPA(米国CA州)、PDPA(アジア各国)などデータ主権の規制違反は制裁金が売上の4%または2,000万ユーロのいずれか高い方に達する可能性 。
サイバーセキュリティの“穴”
- 未適切なパッチ適用、旧式認証(LDAP、NTLM)、サードパーティ製品の脆弱性により、平均侵害コストが400万ドルを超える試算も 。
運用文化・プロセスのミスマッチ
- アジャイル開発対ウォーターフォール、日米欧で異なる変更管理プロセスが統合後の障害件数を20%増させる報告 。
ライセンス・契約整合性の崩壊
- 地域限定ライセンスの横展開不可、SaaS契約の再締結費用がライセンス費用の15~25%増となる事例 。
- “Technology Due Diligence importance” Vaultinum
- “Cybersecurity due diligence necessity” Reuters
- “IT due diligence scope” Webopedia
4. 自社サイト・運用へのヒント
ITデューデリジェンスの視点を自社サイト・運用にも応用し、PDCAサイクルで継続的に品質向上を図りましょう。
- 法規制とデータ主権の把握
- チェックポイント:クラウド/SaaS事業者のデータセンター所在地、暗号化要件、ログ保管要件を把握 。
- 多言語・多文化対応のUX
- チェックポイント:言語選択UI、通貨・日付表記、サポート時間帯(24×365対応)
- セキュリティガバナンス強化
- チェックポイント:SIEM/EDRの導入状況、ID管理(SAML/OAuth 2.0)一元化状況
- 契約・ライセンス管理の一元化
- チェックポイント:契約書・SLAのクラウド管理、ライセンス更新・遵守状況の可視化

- “IT Due Diligence best practices” CFI
5. まとめ
ITデューデリジェンスは、M&Aや統合の勝率を大きく左右する“陰の立役者”です。技術的負債や統合難易度を事前に可視化し、具体的な統合計画を用意することで、統合後の障害発生や追加コスト発生を最小限に抑えられます。海外企業との連携では、特にインフラ互換性・データ保護コンプライアンス・サイバーセキュリティの3点を重点的に検証し、必要に応じて外部専門家や自社CIO直下のプロジェクトチームを編成しましょう。徹底的な事前調査こそが、統合後のシナジー創出と企業価値最大化を確約します。